一通夜曲(0:2版)

作 : 揚巻

(♂0 : ♀2 )

♀純:
♀マキ:





【夜。道路沿いの自販機の前。路肩の縁石に座り込むマキ。そこに純がやってくる】



純 : よう、待った?

マキ : よう、…待った。最初の電話の前からずっと待ってた

純 : は?最初の電話って…(腕時計を見る)…マキ、何時からここにいんの?

マキ : わかんない

純 : お腹すいてないの?

マキ : わかんない

純 : (溜息)…で、どしたの

マキ : …べつに

純 : アンタが私を呼び出すってことは…男に振られた?

マキ : ちがう

純 : じゃあ、友達と喧嘩した…あ!財布をなくした?

マキ : ちがう!

純 : あとは…太った?

マキ : …純

純 : お、あたり?

マキ : 死にたい

純 : は?ちょっと…、太ったくらいでオーバーね

マキ : …

純 : ガチで言ってんの?

マキ : ぜーんぶパァになっちゃった。だから、死にたい

純 : …ふーん



【純、マキの隣に座り、ポケットから煙草を出すと火をつける。
 しばらく、黙って煙草を吸い続ける。
 その間、会話はない。時折車が走り抜けていく】



純 : ドライブ行かない?

マキ : どこに?

純 : さあね



【純、そう言ってニヤリと笑い、歩き出す】



マキ : あ、ちょっと待ってよ…!



【夜の県道。純が運転する車の助手席にマキが座っている】



純 : やっぱ、夜は空いてて走りやすい〜

マキ : ねえ、運転荒くない?

純 : そう?いつもこんなもんでしょ

マキ : 変な時間に呼び出したから怒ってる?

純 : はあ?

マキ : それとも連続で携帯鳴らしたから?

純 : あのねえ、それくらいのことでキレないわよ

マキ : ほんとに?

純 : 午前2時に呼び出されんのも、アンタで着信履歴が埋まるのも慣れた

マキ : ココロ広いね

純 : 誰かさんのおかげでね

マキ : で、どこ行くの

純 : ん〜、外国

マキ : 大変だ!パスポート持ってきてない!

純 : 私も

マキ : それにお金もない!

純 : 私も

マキ : じゃあ、密入国かあ

純 : 私たち、前科モンになるわねえ

マキ : …!

純 : どしたの?

マキ : …なんでもない。で、どこ行くの

純 : 遠足で行った山

マキ : 遠足?小?中?

純 : 中学

マキ : じゃあ、八景山(はっけいさん)?なんでまたそんなとこ

純 : 懐かしいでしょ

マキ : 懐かしいけどさ…あ、車で来るの初めてだ

純 : 歩きだったもんね、あの頃

マキ : 中学自体が山の中腹にあったのに、そこから更に登るとか頭おかしい。

    しかもハッケイサンなーんにもないし。ただ山。ずっと山、山、やま、ヤマ…あああ…

純 : トラウマかよ。そういえば、登山スタイルのじいちゃんばあちゃんが多かったわね

マキ : ガチ装備のね。そこにあえて行く?

純 : 八景山(はっけいさん)、整備されてすげえ綺麗になったって

マキ : 誰情報?

純 : コウイチ。この前、彼女と行ったって

マキ : 彼女と夜のドライブですかあ、お盛んですなあ!

純 : 昼に家族ぐるみでキャンプですってえ

マキ : まあ健全!結婚秒読みですなあ!

純 : 年内にはするんじゃないの

マキ : それにくらべて我々は寂しいもんですなあ!

純 : 誰かさんと一緒にされたくないですなあ!

マキ : 似たようなもんでしょ!彼氏いないくせに!

純 : 今の台詞、鏡見て言って

マキ : (バックミラーを動かして)彼氏いないくせに!

純 : ちょっと!バックミラー動かすな!

マキ : 鏡見て言えって言ったじゃないの

純 : サイドミラーにして

マキ : (サイドミラー見て)彼氏いないくせに!

純 : …もういい。なんか私の方が悲しくなってきた

マキ : …なにさ、自分で言っといて…あ、ここ、山道入口?

純 : うん

マキ : 早っ!こんなに近かった?

純 : 車だとあっという間だよね

マキ : 歩きだったら絶対へばってる

純 : は?楽勝でしょ

マキ : えー、無理。あの頃はここで帰りたかったもん。

   ここでお弁当食べて下山したかった

純 : まだ山に登ってもいないんですけど

マキ : 中学自体が山にあったんだから、毎日遠足みたいなもんじゃん

純 : 私、毎日ここ走ってたけどね

マキ : え、なんで

純 : 部活

マキ : ああ、陸上部。いやあ、ない!ない!ない!!

純 : さすがに夏とか死んでたわ

マキ : 生きろ…!

純 : はいはい、生きねば

マキ : 運動部恐るべし…。あー、私、文化部でよかった

純 : あ、看板だ『八景山(はっけいさん)ハイキングコースへようこそ。

   美しい景色と、彩りの四季をお楽しみください』

マキ : 遠足という名の地獄へようこそ。見る余裕のない景色とせまりくる死期をお楽しみ下さい

純 : アンタね…

マキ : 私にはそう見えたんだよね、その看板

純 : どんだけイヤだったのよ遠足…

マキ : でも、懐かしいな…なんかぐっとくる

純 : 私とマキじゃ、懐かしさの度合いが違うんでしょうね

マキ : どっちが強いんだろ。毎日見てたのと、たまに見てたの

純 : さあね。…入るわよ



【車は夜の山道へ入っていく】



マキ : あー、昔より道がきれいになってる

純 : 確かに

マキ : 中に車で入れるって知らなかった。あの頃は獣道だったし

純 : (笑う)アンタどこ歩いてたのよ

マキ : 笑うな

純 : 獣道って

マキ : そんなにおかしくないでしょ

純 : 遭難?

マキ : しつこい

純 : どうせ『あ、ちょうちょ〜♪』とか言って道はずれたんでしょ

マキ : ちょうちょきらい

純 : 『あ、かなぶん〜♪』

マキ : 馬鹿にしてるでしょ

純 : でも、昔は夢見る乙女だったじゃん。

   読書してる女子がモテるって信じちゃってさ、ジブリの見過ぎ

マキ : ホントうるさい

純 : そんで、図書カードチェックしてさ、自分の後に名前ないからって勝手にしょげてんの

マキ : ばか

純 : 言うほうがばか

マキ : ぐーで殴ってやる!

純 : ちょっと!ハンドルミスったらやばいわよ、窓の外見なさい

マキ : (窓から下を覗き込む)見た

純 : ふっ…崖から落ちたくなければおとなしくするのね

マキ : 崖ってレベル?ちょっと草が生えてる坂じゃん、ガードレールあるし

純 : いいから黙ってなさい、『騒ぐと命の保証はないゼ、ふっふっふ』

マキ : わかった。黙ってると酔って吐くけど、黙るよ

純 : 待って、黙んないで

マキ : …

純 : ねえちょっと…何か喋ってよ、黙んないでって

マキ : …

純 : おーい!ねえって!

マキ : …う

純 : 吐かないでよ!絶対吐いちゃだめ!

マキ : …ううう〜

純 : …喋ってください、お願いします

マキ : うむ、よかろう

純 : こっんの…くらえ!



【純、わざと蛇行運転をする】



マキ : あー!ちょっと!グネグネやめてよ!ホントに酔うでしょ!

純 : (笑う)ざまーみろ

マキ : ふん!



【間】



マキ : さっきのさ、何なの?

純 : え?カナブン?

マキ : なんでそこ?

純 : 夢見る乙女?

マキ : (溜息)そうじゃなくて

純 : どれよ

マキ : 私と一緒に…ってやつ

純 : ああ

マキ : 冗談?

純 : いや

マキ : 気分転換にドライブ誘ったの?

純 : まあ、もうすぐわかる

マキ : なにそれ

純 : …

マキ : …ここどこ

純 : ハイキングコースの広場。私らがお弁当食べてたとこ

マキ : へえ、ここも綺麗になってるんだね

純 : 見てよ、キャンプ用のコテージ

マキ : え、リッチ!金かかってる!

純 : アスレチックもあるってコウイチ言ってた

マキ : さては、私たちの遠足で儲けたんだな

純 : は?遠足ってお金払うの?

マキ : 払うんじゃないの?お邪魔するんだし

純 : お邪魔…?山に?

マキ : うん

純 : 払うって、そもそも誰に?

マキ : 地主…とか?

純 : (笑う)

マキ : なによ

純 : いや…、アンタが遠足の時「ぢぬしめえ」って叫んでた意味がわかった

マキ : 言っ…てたかなあ?

純 : 言ってたでしょ、私の後ろで『足が痛い〜』『もう歩けない〜』ってぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ…

マキ : はあ?純の後ろで?なんでよ

純 : 誰かさんが私のリュックの紐を掴んで離さないもんですからねえ。…おかげで学校までクソ重いったらないわよ

マキ : そうだったそうだった、…うむ、ごくろう

純 : (舌打ち)…まったく、あ、県道出るわよ



【車は、山道を抜け、滑らかな道を走る】



マキ : 道広い!

純 : 何年か前に二車線にする工事あったからね

マキ : なんでこんな山奥の道を広げたんだろ

純 : この先にお風呂できたのよ、スーパー銭湯

マキ : 温泉?

純 : 温泉かどうかは知らないけど

マキ : 温泉で一山当てたのか、地主め

純 : 地主から離れなさい。ま、それの送迎バスがあるから、道広げたんじゃない

マキ : 時代は変わるなあ。今だったら遠足のついでに温泉入れたのに

純 : だから、温泉かどうか知らないけどね。

  日替わりで風呂が変わるんだって、ユズとかバラとか

マキ : 薔薇!素敵!いいなあ!お風呂!

純 : 確かにお風呂はいいわよね。すかっとする

マキ : なるほど〜、風呂ね。把握!

純 : 何が?

マキ : 私を風呂に連れてって、命の洗濯ってわけね。純にしては気が利いてる

純 : は?違うけど

マキ : え?じゃあどこに向かってんの

純 : ここ

マキ : ん?



【車、徐行し、停まる】



マキ : …何もないけど

純 : そこに道あるじゃん

マキ : あるけど…これこそ獣道じゃないの?

純 : それ、旧道。未舗装の一通(いっつう)ね

マキ : ふーん

純 : つまり、対向車が来たらおしまい

マキ : ふーん



【間】



純 : …じゃ、いくわよ

マキ : うん。…ん?え?

純 : 今からここを全速力で逆走するから

マキ : はあ?

純 : 中途半端に怪我するのはごめんだからね、

  やるからには確実に死ねるように飛ばすわよ

マキ : …また冗談言ってんのね?あのさ、全然笑えないんだけ…

純 : 私と死ぬわよね?マキ



【マキ、純の目を見て、冗談でないとわかる】



マキ : ちょっと待って…純…

純 : よし…しっかりつかまってて!…いくわよ!



【純、ハンドルを握り、アクセルを踏み込む】



マキ : 待って!純!やめてよ!いやああああーーーー!!



【間】



【山道に停まった車の中。
 ハンドルを握ったままの純と、ドアの手すりに捕まったままのマキ】



マキ : (荒い呼吸)

純 : …一台も来なかったわねえ

マキ : あんたね…

純 : あれだけかっ飛ばしたのに、ざーんねん

マキ : なんなのよぉ…

純 : もう一度やる?

マキ : ばかじゃないの!!

純 : なにが

マキ : 迷惑考えなさいよ!

純 : マキの?

マキ : そうじゃなくて!アンタはいいだろうけど、

   何も知らずに走ってきた対向車はいいとばっちり!大迷惑!

純 : なに、そんなこと考えんの?

マキ : はあ?

純 : 死ぬってのは多かれ少なかれ人に迷惑をかけるもんよ。

   それがホントに死にたいと思う奴の言うこと?

マキ : だからって!知らない人を巻き込まなくてもいいでしょ!…他にも死に方あるんだから!!

純 : たとえば、夜の森で人知れず毒飲んで…とか?

   何日か経って、アンタのゾンビ見つけた奴だってとばっちりよ

マキ : 見つからないかもしれないでしょ!

純 : この山には自然観察指導員がいるからすぐに見つかりまーす

マキ : …ううう

純 : どこで死んでも、人に迷惑かけるのよ

マキ : …

純 : どんな死に方しても、人に迷惑かけるの。

   …夜の森で死んでも、病院のベッドで死んでも同じ

マキ : なによそれ

純 : …



【間】



純 : で。どうすんの、もう一度やんの?やんないの?

マキ : もういい

純 : 死ぬのは?

マキ : それももういい

純 : あっそ

マキ : どっか広いとこ行きたい

純 : 広いとこ?

マキ : がーっと広いとこ。ばーっと見通せるとこ

純 : じゃあ展望台行こっか

マキ : …あの、見張り台みたいなとこ?

純 : 何を見張るのよ…。そうそう、まあ、そこよ。夜景が綺麗なんですって

マキ : あー夜景ねー、ろまんちっくー

純 : やけくそで言わないの、…よし、一旦国道出ますか

マキ : 今来た道引き返せばいいじゃない

純 : あのデコボコをまた行くの?私のドリフトが火を噴くわよ?

マキ : あー、いい、やっぱいい。国道から安全運転でお願いします

純 : (笑う)んじゃ、のんびりてっぺんまで行きますか



【間】



【山頂の展望台、街の灯りが見える。純、駐車スペースに車を停める】



純 : よし、ついたわよ

マキ : 見張り台までおしゃれになってる

純 : 展望台ね。デートスポットで有名なんだってさ

マキ : 誰もいないけど

純 : 今、午前3時よ、さすがに誰もいないって。ほら行くわよ

マキ : あ、先行ってて、自販機でファンタ的なの買ってくる

純 : ファンタじゃだめなの?

マキ : ファンタ的なの!

純 : はいはい。あ、展望台こっちだからね、獣道入っちゃだめよ

マキ : 馬鹿にすんな



【純、展望台にやってくる】



純 : ふぅ、きれいね…、よいしょっと



【純、展望台のベンチに腰掛けて夜景をぼんやり眺める】



純 : 死にたい、か…



【しばらくしてマキがやってくる。手には缶とペットボトル】



マキ : お待たせ、はい、コーヒー

純 : あら、ありがと

マキ : それ、ガソリン代ね

純 : やだ、やっす

マキ : うるさい。…あ、夜景だ〜!きれーー!

純 : まあ、夜だしねえ

マキ : あのさ、もうちょっと、気の利いたこと言えないの?

純 : たとえば?

マキ : 『この夜景より、あなたの方がキレイよ』

純 : マキに?っていうか、マキが?

マキ : もういい

純 : 逆にさ、女の私にそれ言われてどうなの

マキ : …まんざらじゃないかも

純 : 何言ってんだか

マキ : あーあ、ちっともロマンチックじゃない

純 : 求める相手が違うでしょ

マキ : ソウデスネー、ファンタ飲も、……はーうまー

純 : さっさと出世して男捕まえなさいよ、マキの野望なんでしょ?

  いつか社長になって新入社員の若い男を権力で自分のものにするってさ

マキ : …うん

純 : それ、正直どうかと思うけどね。どうせ捕まえるんならさ、金持ってる上司の方が…

マキ : …



【間】



純 : …仕事のこと?

マキ : なにがよ

純 : 死にたいワケ

マキ : …

純 : わかりやすいねえ

マキ : うるさい

純 : 話しなさいよ、私に求めるのはそれでしょ

マキ : …



【純、マキが話し出すまで黙っている】



マキ : 私さ…

純 : うん

マキ : 会社のお金…持ち逃げしちゃった!

純 : え?

マキ : 今月の売上金、持ち逃げしちゃったの!やっちゃったなあ!

純 : …

マキ : 私〜欲しいものとかいっぱいあるんだよねえ!服とかバッグとか宝石とか!

   見てたら欲しくなっちゃうけどお金ないじゃん!だからつい会社の売上に手出しちゃって!

   あとさ!若い男に入れあげて、その男に貢ぐ金欲しさにやっちゃった感じ?

   あんな大金見てたらそりゃ魔がさしたりするよね〜!うんうん〜!魔がさすよね?ね〜!

   でもさ!犯罪だから!会社のお金持ち出して家まで持って帰るとか、どんな言い訳したって犯罪です!

   …犯罪…だから…



【間】



純 : って、言われたわけね

マキ : …え

純 : そう言われたんでしょ、上司か同僚に

マキ : それは…私が…

純 : アンタが、服とか宝石だの買うために、横領?ははははは!

マキ : だって…

純 : しかも男に貢ぐとか…男の気配全くないんですけど

マキ : ちょ…どういう意味よ!

純 : 柔軟剤の匂いしかしないオンナに男の気配は感じません〜

マキ : うっさいばか!

純 : いやあ、申し訳ないんですけどぉ、自分を捻じ曲げてるお馬鹿さんにバカとか言われたくないですねー

マキ : なによそれ

純 : そう言われたからそうです?…ホント、ばっかじゃないの

マキ : だって!何言ったって信じてくれないだもん!

純 : 信じないのは会社の人でしょ!それを!私に言うのがムカつくのよ!!

マキ : …!

純 : …試してんの?私がそのたわごとを信じるって

マキ : …

純 : 馬鹿だし、ムカつく。本当のワケがあるのにそれを言わないマキにも、

   察してくださいお願いします的なマキにも、それくらいのことで死ぬとか言ってるマキにも!

マキ : 全部私じゃん!

純 : アンタ以外にムカつく要素がどこにあるのよ!ばーーーか!

マキ : ばかって言う方がばーーーーーーーーーーか!!

純 : アンタの方が全然ばーーーーーーーーーーーーーか!!

マキ : 馬鹿…!だから…言い返せないんじゃん!…私、前科あるし!

純 : …

マキ : 絶対、信じてくれないんだもん…

純 : 前科って、高校の話?

マキ : …

純 : 実際マキはやってないじゃない

マキ : やってないけど、信じてもらえなかった

純 : それは、…やってないけど、やったって言っちゃったから

マキ : …

純 : リーダ格の奴らが面白半分でやってたことをさ、同じグループにいたからって、

   マキまで芋ヅルになる必要あったわけ?だいたい、知らなかったんでしょ?

マキ : …何か楽しそうにしてるなあって思ってた。でも、そんなことやってるなんて知らなかった…

純 : …購買のパン盗んで、みんなが困ってるのを見て笑って、それを半年も繰り返して…とかさ、悪趣味な悪戯…

   私の学校までウワサ流れてきてさ、コウイチから、やった奴等の中にマキがいるって聞いて、

   アンタに聞いても何にも言わないし…そもそも会おうとしなかった

マキ : だって、私と一緒にいたら、純まで変な目で見られちゃうでしょ、違う高校なのに

純 : アンタね…!

マキ : あれさ、最後は両親呼ばれて、お金折版(せっぱん)して払って、厳重注意で終わったんだけど…

   親に叱られたなあ…、真偽を聞いても貰えなかった。…まあ、やったって言った私が悪いんだけどね。

   …やってないって信じてくれたのは、コウイチと…純だけ

純 : …マキはそんなことする奴じゃない。…でもさ、なんでやってもいないのに認めたんのよ

マキ : だって、やってないって言ったらグループのみんなから『裏切者』って…このままじゃいじめられると思った、だから…

純 : なんなのそいつら…

マキ : 今ならわかるよ、やってないものはやってない!って言うのが筋だって。

   でも、高校1年生で、これからまだ学校生活が3年もあるのに、ずっといじめられっぱなしになるって考えたら、

   そっちの方が怖かった

純 : あの頃って、子供だったわよね。私も同じ立場だったら、…わからないし

マキ : 先生に言われた言葉が、すごく残ってて。

   一度はやってないって嘘ついて、追及されたら認めるような奴は社会に出てもずっとこうだって。

   この『前科』はずっとついて回るから覚悟しろって…

純 : それでも先生!?つまんないこと言って…

マキ : それをさ、言われたの。主任から

純 : 会社の上司が知ってたの?そのこと

マキ : うん

純 : ねえ、なんで横領みたいなことになったのよ。そうじゃないんでしょ



【間】



マキ : 一昨日、月末だったでしょ?売上金、3時までに入金しないといけなかったから、

   バッグに入れて銀行行こうと思ってたのにすっかり忘れてて。しかも、忘れてることも忘れててさ…

   お金持ったまま家に帰っちゃったの。帰って気が付いて、すぐに主任に電話したんだけど繋がらなくて。

   何度も何度もかけたらようやく繋がって、お金持って帰っちゃったこと話したら怒鳴られて…

   …元々、電話取った時点で機嫌悪そうだったんだけど

純 : お楽しみのところを、邪魔されたんじゃないの〜?…玉のちいさい男

マキ : …女なんだけど

純 : …じゃあ、ついてないわね、失礼!

マキ : (溜息)

純 : で、それから

マキ : …とりあえず翌日、朝イチで入金した。それが昨日の話

純 : それで一件落着でしょ

マキ : こんなことは二度とないようにします、申し訳ありませんでした、って主任にちゃんと謝ったんだけど

   そのとき主任に『ホントに忘れてたの?』って言われて…

純 : は?

マキ : 『ホントは、なんだかんだ理由つけて、ネコババしようと思ったんじゃないの?

   でも怖くなったからやめて、言い訳してるんじゃないの?』って

純 : は?なんなのそのババア

マキ : …私らと同い年だから

純 : ぐっ…失礼!

マキ : 私、そんなことありません!ってちゃんと言ったの。忘れていたのは自分のミスだし、

   それに関して言い訳するつもりはないけど、本当にネコババしようなんてこれっぽっちも思ってませんって

純 : そりゃそうよ、っていうか、なんで頭ごなしに決めてかかるのよそいつ

マキ : そしたら『あなた、高校の時にも盗みをやったことあるでしょ?』って。

   …びっくりした。なんでこの人が知ってるの、ってさ

純 : …

マキ : 私、履歴書とか職務経歴書とかその範囲のことしか会社には伝わってないって思ってたから。

   まさか、高校の頃のそんなことまで知られてるって思ってなくて。あれだって、本当はやってないから

   後ろめたいことなんてないはずなのに…

純 : (溜息)

マキ : 私ね、あの事件ちょっと忘れてたんだ…いや、悔しい気持ちとかは忘れられないけど、

   事件というより、先生が言った「前科がずっとついて回る」って言葉。思い知らされたな、やっぱりそうなんだって

純 : その言い方やめなさい

マキ : だって、前科は前科だよ

純 : 前科っていうのは法律を犯して罰を受けたことをいうの、アンタは別に警察に捕まったわけじゃないでしょ

マキ : でも、それを主任が知ってたってことはさ、学校側が話したってことでしょ。…素行調査、っていうの?

   結局は、やっぱりそれが付いて回るってことなんだよ。前科にせよ悪戯にせよ、私が犯した罪はついて回る



【間】



純 : で、これからどうなんの

マキ : 「忘れてた」とはいえ、家に持って帰ったのは事実だからね。明日、本社から社長が来るから、話す。

   クビになるか、警察呼ばれるかは…わかんない

純 : なんで二択?社長がマキのこと信じるかもしれないでしょ

マキ : …どうかな

純 : 諦めないの。ちゃんと言うのよ、本当のこと

マキ : …

純 : 主任が何言っても、自分は違うって言うの。もう子供じゃないんだから

マキ : うん…

純 : ホントにわかってんの?…私にはズケズケ言うくせに、変なとこは内気っていうか遠慮しいっていうか…

マキ : わかってるよ、純が言ってること。よくわかってる。ただ、本当にダメだったなあって今更感じてね。

   いじめられるのが怖くて、前へならえで「やりました」って言っただけのことでさ、

   色んなものが全部ぱあになるんだなあって考えると、本当に、一言って重いなって…

純 : …

マキ : 純と違って、他の人には「察して下さいお願いします」的なんじゃダメってわかってるから、

   行動で示そうって自分なりに頑張ってきたんだけど、それも明日でダメになるのかなって…

  …そんなことぐるぐる考えてたら、「死にたい」なんてさ。ごめん…

純 : …



【間】



純 : 夜景、見て

マキ : え?

純 : 灯りのひとつひとつに人がいる。ま、街灯の灯りもあるけどね、

   あの灯りの下に、すごく幸せな人もいれば、死の瀬戸際の人だっているかもしれない。

   今の私たちみたいに、灯りがない場所にだって人はいるわけだし

マキ : 綺麗だけど…なんか寂しい

純 : 時間が時間だからね、みんな寝てるんでしょ。でも、灯りはある。全部が消えることはない

マキ : うん…

純 : 何があっても消えない光もあるってことよ

マキ : 何があっても消えない光…

純 : 正直、マキの明日が…あ、もう今日か…、今日がどうなるか私にはわからない。マキの言う通りになるかもしれない。

   だけど、ひとつだけ私にも言えることがあるよ

マキ : …

純 : 繰り返しちゃだめ。マキがやってもいない罪を背負って、それを一生抱えていくのは確かよ。

   でもそれを増やさないの。しっかり自分の「本当」を言うの。

   …それでもマキのこと、ハナから決めてかかるような奴がいたら…

マキ : いたら?

純 : 私が、ぐーで殴ってやる



【間】



マキ : (笑う)暴力沙汰じゃん

純 : ええ、いいわよ

マキ : 傷害事件だよ。イキナリぶん殴るとかさ

純 : 上等よ、友達を守る為の罪ならいくらでも背負うわよ



【間】



マキ : …ありがと

純 : ん?泣いてんの

マキ : 泣いてないし

純 : 泣いてるんじゃないの?あ、感動しちゃった?

マキ : ファンタが目に染みただけ

純 : ファンタ的なものでしょ

マキ : ファンタ的なものが目に染みただけ

純 : 言い直した。そもそもどうやったらファンタ的なものが目に染みるのよ、バカね

マキ : バカって言う方が…

純 : ばーか



【夜の展望台で笑い合う2人】



純 : 帰りましょうか

マキ : そうだね

純 : ま、大丈夫よ

マキ : うん。なんかそんな気がしてきた

純 : ええ

マキ : 純

純 : ん?

マキ : いつもありがと

純 : …うん

マキ : 素直じゃん

純 : まあ、たまにはね

マキ : ふうん。…さては、ロマンチックな雰囲気になったか

純 : 同性でロマンチックって…欲求不満?

マキ :うるさいなあ

純 : 相変わらずジブリの見過ぎ

マキ : うるさい

純 : さーて、帰りは車も少ないだろうし、私の嵐のドリフトを体感させてやろうかしら

マキ : 安全運転でお願いします。死にたくないんで

純 : あらそう



【二人、笑って話しながら車へ戻っていく】



【翌日。携帯からどこかに電話しているマキ】



マキ : あ、もしもし私!あのさ!…あれ?おばさん?…あ、お久しぶりです。あの、純はトイレかなんか…?

  ……え?



【総合病院の一室、純はベッドに寝ている。その横に座っているマキ】



純 : で、どうだった

マキ : …

純 : ねえ

マキ : なんなの、これ

純 : 入院のこと?

マキ : 昨日一言も言わなった

純 : 言ってないからね

マキ : なんで言ってくれないのよ!!

純 : しーっ。ここ病院

マキ : …!わかってる…わよ!

純 : まあそれは話すから、まずはそっちの報告

マキ : ホントね?

純 : ええ

マキ : 朝から社長に会ったの

純 : そう

マキ : ちゃんと話したよ。「本当」のこと

純 : で、ババァ…(咳払い)…若い主任さんは?

マキ : 案の定、わざとじゃないか〜みたいなことを言ってた

純 : やだねえ

マキ : でもね、社長が言ってくれたの。彼女はそんなことしないって。

   入社以来ずっと私の仕事を…見ててくれたんだって。だから、それは本当に忘れていただけだって

純 : 見てる人は見てるもんよ

マキ : そしたら主任が、高校のことも言ったの。すごくドキドキした。

   私のことを見て、信じてくれた社長を裏切ることになるんじゃないかって

純 : 社長、なんて?

マキ : 誰にでも間違いはある。その間違いが二度と起きないように頑張ってる人はたくさんいる。

   一度起きたからと言って二度が必ずあると疑うのはその人の積み重ねを無駄にすることだ。

   そんな風に考えてはいけないって

純 : いい社長じゃない…主任は、アレだけど

マキ : そんな風に言って貰えたらね、なんか今まで「前科」って思ってたのを「経験」だって思えるようになれそう。

   あの事件があったから、私、もっと頑張ろうって思えるようになったのかもしれないなって。

   それがなかったら、もしかしたら今よりいいかげんだったかもしれないし

純 : あのね、ないにこしたことないんだからね、ああ、言いにくい…

マキ : だから、私は大丈夫

純 : …そう

マキ : …それで、純は?

純 : んー?

マキ : 入院、いつから決まってたの?

純 : 先週。ベッドが空くの待ってたの。…昨日、連絡がきてね

マキ : …どうせ、すぐ退院できるんでしょ?

純 : …んー

マキ : 食べすぎとか、飲みすぎとかさ、どうせそんなとこでしょ

純 : それがねえ、ちょっとばかし、厄介な状態でさ

マキ : …またまた、いつもの冗談でしょ

純 : (笑う)



【マキ、純の笑い方で冗談でないことがわかる】



マキ : …冗談じゃ、ないんだ…

純 : ま、今から手術とか治療とか始まるから何とも言えないけど、乗り切るよ



【間】



マキ : …なんで言ってくれなかったの

純 : 昨日?

マキ : 私ばっかり…あーだこーだ言ってさ。全然純のこと聞きもしなかった

純 : 話したかったら話してる。話したくなかったから話さなかっただけ

マキ : だって

純 : いいのよ、それで

マキ : 私、何にもできてない。いつも助けてもらってばかりで、私は純のこと何も…

純 : 付き合ってくれたじゃない、夜のドライブ

マキ : …

純 : 怖い思いもさせたし

マキ : …純

純 : ん?

マキ : 死にたかったの?

純 : …

マキ : だから、逆走なんて無茶なことしたの?

純 : …ちょっとね

マキ : 純…

純 : まあ、気分だけ味わいたかったのよ

マキ : どういう意味?

純 : あの旧道、一通だって言ったでしょ

マキ : うん

純 : あれさ、逆走じゃないの

マキ : え?

純 : 出口から入口に逆走したんじゃなくて、普通に入口から出口に向かって走ってただけー

マキ : …はぁ?

純 : だからまあ、対向車なんているはずないの



【間】



マキ : 嘘だったの?

純 : やるわけないじゃーん、逆走なんて

マキ : だって一緒に死のうって!

純 : ないない、なーい

マキ : 純!

純 : アンタを死なせるようなことしないよ

マキ : …!

純 : スリル満点だったでしょ?

マキ : うるさい…



【間】



マキ : …いつも私ばっかり…

純 : …ま、良かったじゃん、仕事も続けられそうでさ。

   ちょっと気になってたのよね、だから、話聞けて安心した

マキ : あっそ

純 : (笑う)…何、また泣いてんの?

マキ : 泣いてないし!!

純 : しーっ

マキ : くそう…!

純 : 看護師さんに怒られますよう〜

マキ : もういい、帰る

純 : うん

マキ : また来るから!覚えてなさいよ!ふん!

純 : マキ

マキ : なによ

純 : …もう来ないで

マキ : え?

純 : もうここには来ないで



【間】



マキ : …なんでよ

純 : …

マキ : ねえ、なんでよ

純 : …多分私、ちょっと弱るからさ

マキ : 治療で?

純 : そ。だから、…あんま見られたくない

マキ : …

純 : そんな顔しないの

マキ : だって…会えなくなるなんて

純 : 治ったら会えるから

マキ : それでも…やっぱり私、何もできないままじゃん!

   純が苦しい時に、私、なんにも…

純 : …

マキ : …私に、何かさせてよ…



【間】



純 : そうだね…マキにできることかあ

マキ : …

純 : じゃあ3年後の今日、あの展望台で会おう

マキ : え

純 : 3年も経てばまあなんとかなってるでしょ。だから、3年後の今日、忘れないでよ

マキ : 3年も?

純 : そ

マキ : 3年も、純に会えないの?

純 : …ごめんね

マキ : …

純 : 大丈夫だって

マキ : …

純 : …そしたら私も頑張れる

マキ : …

純 : …

マキ : …風呂

純 : ん?

マキ : 3年後の今日!風呂に連れていけ!

純 : …風呂って、スーパー銭湯?

マキ : そう!命の洗濯するんだ

純 : (笑う)何、行きたかったの?

マキ : 行きたかった!

純 : (笑う)わかったわかった、お風呂ね

マキ : 純!

純 : ん?

マキ : 絶対約束

純 : ええ、…約束



【3年後、八景山の展望台、マキが夜景を見ている】



マキ : で、3年が経ったわけですよ。こんな夜に一人で夜景とかさ、何の罰ゲームかっての。

   しかもここまで歩きですよ!…そりゃ途中までタクシー使ったけどさ。でも歩き!遠足かっての。

   いつまで待たせんだよあの野郎、帰るぞー!さっさと来ないと帰っちまうぞー!



【※次の台詞は、純役の演者さんに言うか言わないかお任せします】


純 : よう、待った?



【マキ、星空を見つめたまま】



マキ : …よう、遅いんだよ、ばーか



(劇終)



BGM 矢野真紀「夜曲」

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